知っておこう看護師の歴史

知っておきましょう!看護師誕生の歴史

看護師の始まりは、中世ヨーロッパで修道女たちが教会に病人を集めて、看病していたことが起源であると言われています。世界的にも「近代看護の生みの親」として認知されているのは、フローレンス・ナイチンゲールではないでしょうか。家族の病気をきっかけに、看護について学校で学び、やがてクリミア戦争に従軍します。それまで、野戦病院における看護の不足が戦傷者の死亡原因だと言われてきましたが、ナイチンゲールが病院内の衛生改善などに尽くすことで死者が激減したということです。看護学校の設立や、看護環境の改善・向上に尽力したと言われています。「クリミアの天使」などの代名詞で呼ばれ、またナイチンゲールの名を冠した看護学校ができるなど、今日にわたって偉人として語り継がれています。

日本では、看護師の制度は明治時代にようやく入ってきました。1886年に看護師(当時は女性の仕事という認識が強かったため、長らく呼ばれる看護婦という名称でした)養成所ができます。その後、1948年に保健師助産師看護師法が成立します。この時までは、看護師免許というものは存在せず、看護の知識もない人が見よう見まねで医療行為を行っていたわけです。医師の指示もあったかもしれませんが、知識も無く行っているのは現代の私たちからすると、おそろしいことに感じてしまいます。

そして、1950年に第一回看護師国家試験が行われました。また、1951年には准看護師制度が制定されました。2002年3月までは、前記のように「看護婦」と法律上も記載されていましたが、法改正により男女問わず「看護師」という名称に変更されました。

現在は、日本とフィリピンやインドネシアとの経済連携協定(EPA)により、その国の看護師免許をもつ人たちが、日本の看護師免許を取得するための受け入れおよび就労が行われています。日本語の壁などもあり、合格者はまだまだ増えてはいません。しかし、我が国の高齢化社会よる医療が必要な高齢者たちの急増にたいし、看護師の人手不足は否めません。それによる過酷な就労環境を考えると、海外の看護師たちの受け入れというのも日本の看護制度における歴史の重要なターニングポイントかもしれません。